Eternal Memories(追憶) -19-

 

 

……この…声…

 

…これは…夢……?

 

…昨日思い返していたことが幻となって現れてしまったの……?

 

だって、こんなの…あるわけない…。

この声が、聞こえるはずなんて…ない…。

 

 

「入らないのか?」

 

繰り返される台詞…

振り向きたいのに、振り向きたくない…。

表現すら出来ないほどに入り混じった感情が胸の中に広がった。

「…見て…るだけ…だから…」

あの時と同じ質問に、同じ答え…。

これは…やっぱり幻なのだと…確証が欲しくて、震えながらそう言った。

 

「…見て欲しいのは、こっちなんだけど?」

 

……え………?

 

 

……私は、こんな答えなんて知らない…。

 

だって、だって…記憶の中の海流の台詞は……・

―――『中に入って見れば?』

 

……幻なら、そう聞こえるはず…!

……じゃあ…じゃあ…!

 

 

勢いよく振り向く。

 

 

 

 

そこにあったのは、誰よりも焦がれ、求めつづけた人の顔。

知っているけれど、知らない愛しい人の姿。

 

 

 

 

 

「――――――――海流!!!」

 

 

 

 

 

「Happy Birthday. 月子、20歳おめでとう。」

 

 

 

「か…い………る……・!!」

 

無我夢中で海流に抱きついた。

「海流、海流、海流っ…」

何も、考えなど浮かばない。

ただただ、感情だけが口を突いて出る。

「会いたかっ…」

声が上手く出せずに、言葉が途切れる。

「…俺もだよ。」

海流の手が優しく私の頭を撫でる。

 

そこから、おそらく数分…だと思う。

記憶すらできないほどに感情が爆発した状態で、ただ海流にしがみついていた。

 

会いたかった、会いたかった、会いたかった。

消えないで、消えないで、消えないで…このまま…このまま時が止まって。

幸せな夢を見てるのなら、覚めなくていい。

都合のいい幻なら、消えなくていい。

夢見たまま目覚めなくても、幻に囚われたまま周りに病人扱いされようと、

このままでいたい、ただこのままでいたい。

 

海流がいる、記憶の中の海流じゃなくて…

その姿も、笑顔も、言葉も、仕草も…私の反応に返してくれる海流が…。

 

会いたかった、会いたかった、会いたかった………!

 

 

「とりあえず…言うのを忘れてしまう前に、礼を言わせてくれないか?」

海流の発した声にはっとして、少し感情が収まって我に返る。

「…れ…い…?」

すっと目の前に出された右手…その薬指を見て、胸が締め付けられる。

感情に押さえ込まれていた頭が思考を蘇らせる。

「……あ…。」

そこにはめられたのは…

3年前…海流への誕生日プレゼントに用意していた、シルバーの指輪…。

「会ったら一番に言おうと思っていたんだ。」

目を丸くして驚く私を見て、海流が口を開く。

「…知ってるか?

 左手の薬指は結婚…右手の薬指は恋人のための指なんだ。」

「こ…い…びとの…?」

「ああ。これを受け取った時からずっと…ここにはめてる。」

海流は愛しそうに左手を右手の指に重ねて、微笑んだ。

「礼を言うのがだいぶ遅くなったけど…ありがとう…。

 ……いい女避けになってるよ。」

くすくすと笑ってそう言う海流の、相変わらずの一言多さに実感する。

…本物の、海流なんだ…。

 

「で、これが俺からの誕生日プレゼント。…受け取って欲しい。」

目の前に差し出されたのは、紺色のベルベット生地の小さな箱。

「…これ……」

驚いた顔で海流を見ると、端正な顔には優しい微笑みが浮かんでいた。

まさか…そう思って、箱を開けてみると、そこには想像以上の輝きを放つ物があった。

 

ダイヤの…指輪。いつか貰った物とは違う、シンプルなデザインの…。

………これっ…て…

「エン…ゲージ……リン…グ…?」

「そう、左手の薬指にはめる指輪。

 …お前にはまだちょっと、早いかなと思ったけど…

 現在(いま)でも未来(さき)でも、これがお前以外のヤツの指にはまることはないから。」

「かい…る…。」

「大切に思ってる。ずっと…これからも…。

 …まぁ、一生満月を眺める毎日も悪くないだろ?♪」

…ぐっ……やっぱり本物だ…。

むっとして、涙も一瞬で乾く。

「はははっ、相変わらず丸いなぁ。…お月さ〜ん♪」

両手でぶにっと頬をつままれ、伸ばされる。

……か…変わってない…っ…。

「で、返事は?」

「〜〜〜〜!」

「はは、悪い悪い♪それじゃ答えられないな。」

海流さんは顔をゆがめる私を見て、頬から手を離す。

「…本当に悪いよ!」

「ごめんごめん、…で?」

OKって言ったら…こんな一生になる…のか?私…。

ぅぅぅ、それはそれで問題かもしれない…って言いながら答えは出てるけど…。

……でも、今は…。

 

「…返事は、しない。」

「しない?…NOってことか?」

海流が真面目な顔で聞く。

「え、あ…違うの!」

私はその台詞を聞いて、慌てて否定した。

「その…今は、しないってこと。」

「…時間が欲しいってことか。」

海流の問いに、ゆっくり頷く。

「…ま、そうだな。こんないきなりじゃ決心がつかないよな。」

それも…違うの…。答えはもう出てるよ…。

私は、心の中でそう呟き、大きく息を吸い込んでから海流の方を向く。

「……明日。」

「……え?」

「だから、…明日まで、待って欲しいの。

 本当は…返事は決まってるけど…今はまだ、言わない。」

「…どうして?」

……だって…

「私は…」

先の言葉に詰まって、目線を下に落とす。

じわじわとこみ上げてくる涙をこらえて、言葉を言い直した。

「わ、私は3年も…

 3年も、貴方を待ったんだもの…

 一日くらい、貴方を待たせるくらいの意地悪はさせてよ。」

涙目になりながらも、じっと海流を見つめてそう言った。精一杯の意地だった。

「…月子………。」

海流が私を見つめながら小さい声で、呟く。そしてそのあと口角を上げた。

「……ふ……ははははっ!

 …分かったよ、こーのひねくれ者♪」

「なっ…海流にだけは言われたくないよ!」

「ははっ、上等♪」

声を出して笑う海流の表情が、微笑みへと優しく緩む。

「明日、楽しみにしてるよ。

 …俺はまだ一度もお前の口からお前の想いを聞いたことはないからな。」

「そんなもの、明日になったら嫌になるくらい言ってあげるよっ!」

「嫌になる位ねぇ…じゃあ、そうしてもらわないとな。」

くすくすと笑う海流が夢のようで、頭の芯がくらくらする。

そんな私を見透かしたように海流は優しく微笑んで、

ゆっくりと顔を近づけて、キスをした…。

望んで望んで…焦がれつづけた温もり…。

 

「…生まれて来てよかった…」

 

海流の私を抱き締める腕が温かくて、無意識の内にそう呟いた。

「……………。」

海流が驚いた顔をして、腕の中の私を確認する。

 

「…?どうしたの?」

「……い…や…、何でもない…。」

 

 

…………。

「…珍しいね。」

「何が?」

「“うまく誤魔化せない海流”が。」

「……。」

「『どうしたの?』なんて聞かないほうが、良かったかな?」

苦笑いして、そう問い掛ける。

…気付かないと…あの頃の、鈍いままの私だと思った?

……誰に、言われたの?

『生まれて来てよかった』って…。

「…お見通し…か。」

「…そうだよ。20後半の年寄りと違って10代の3年は大きいんだから♪」

「ははは、そうだな。」

「そうだよ。…聞かないほうがいいなら、聞かないけど…。」

そう言うと、海流は少し黙って考え込んだ。

そして、その顔に浮かぶのは苦笑い…。

「………明日…な。」

………あ……。

――ドクン―――

「お前が聞きたいなら…明日、言うよ。」

 

―――『じゃ明日…な、月子』――――――

同じ台詞に、あの時の思い出が鮮やかに蘇る。

あの時は…海流が言った、“明日”はなかった。

 

あの喪失感を…絶望を思い出して、体が小刻みに震える。

「…月子?どうした…?」

「…海流…。」

「…何だ?」

「もう…二度と、何も言わずにいなくなったりしないよね…?」

「…え…?」

「私をほおって…どこにも、行ったりしないよね…?」

こらえきれず、涙が流れる。

「月子…。」

 

「もう、嫌なの…。あんな…あなたの姿も見れずに、声も聞けずに、

 先の未来すら見れずに、ただただ貴方に焦がれつづけるなんて…」

あの…心が砕けるような苦しさが、言葉とともに蘇る。

 

「苦しいよ、海流…。」

…胸が痛い…。

その痛みをこらえるように目をつぶってそう言うと、海流はそっとあごに手を伸ばしてきた。

そしてくいっと私の顔を上げ、手を頬にあてる。

頬に当てられたその手から温もりが、

目の前にあるその瞳から優しさが、伝わってくる。

 

「…もうどこにもいかない。」

海流は一音一音をゆっくり、そしてはっきりと声に出してそう言った。

 

 

「もう、ずっと…一緒だ。」

 

 

――――…ずっ…と…?

 

「…本当に?」

「ああ。」

「…本当だよね?」

「…ああ…。」

「約束だよ?」

「……お前なぁ……俺がそんなに信用できない?」

「………できない。」

「……おいおい…。」

「だって海流、嘘つくんだもん…。

 あの日だって明日って言ったのにいなくなるし、

 『骨抜きにするなんてまだまだだな』とかいっときながら手紙じゃ…あ、あんな…」

真っ赤になって拗ねたようにそういうと、海流は苦笑いして微笑んだ。

変わらない仕草に、どきどきして胸が苦しくなる。

 

「もうお前に、嘘はつかない……約束するよ。」

その優しい微笑みは例えようもなく綺麗で…でもそれは決して作られたものじゃなくて…

温かくて、どきどきした。

 

 

 

 

 

 

それが、私が最後に見た…海流の微笑みだった…。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

次の日…。

あの後海流と今日店で会うという約束をして別れてから、ずっと思い返していた。

昨日の海流の姿、笑顔、言葉、仕草…何度も思い返した。

夜には悠馬さんが電話をくれて、店の皆とも話して、

海流とも少し話して…電話越しに聞いた声も、台詞も全部覚えてる。

望んで望んで、ずっと焦がれつづけたその声は、

覚えようとなんてしなくても勝手に心が記憶した。

消えることなんてないほどに刻み付けられて、熱を持っていた。

それが、嬉しくてたまらなかった。

 

海流の姿、笑顔、言葉、仕草…これからはそれを増やしていける。

これからは毎日新しい海流を記憶できる。

もう、壊れそうな痛みに耐えることもなく…幸せに―――。

 

 

今日…海流に会えるその時まで、早く時間が過ぎればいいと思った。

 

幸せで幸せで、たまらなかった。

 

海流が愛しくて愛しくて…たまらなかった。

 

 

自然と笑みが零れるほど上機嫌な様子で大学に行って、

講義を受ける。

今日は、4限まで…それが終わったら、すぐに店に向かって海流に会って…

 

言うんだ、……ちゃんと、口に出して…。

この、例えようもないくらいの…想いを…。

 

右手の薬指はめた、昔貰った月の指輪を見ながら、そんなことを考えた。

 

 

「今日はここまで。」

教授がそう告げて、皆が筆記用具をカバンにしまいはじめる。

2限の終わり。

これで、あと残りは2コマだけ…待ち遠しいな。

「…終わった〜〜〜」

「さあ、お昼ご飯お昼ご飯♪」

みんなと一緒に食堂にいこうと席を立つ。

ノートをしまおうとカバンの中を見ると、携帯がちかちかと光っていた。

あれ、何だろう…。メールかな、電話かな?

 

……着信…5???

その、相手の名前を確認する。

全部、智君からだ…どうしたんだろ?

あ!もしかして、悠馬さんから昨日のこと聞いたのかな?

…うん、そうかも。

それ以外こんなに何回もかけなおされるような用件に心当たりなんてないし…

とりあえず、かけ直そうっと。

そう思って、ダイヤルする。

 

―――ピピピピ―――

―――――プル…ツッ―――

うわ、すぐ出た!もしかして待ってたのかな?

 

「…もしもし、智君?」

『月ちゃんか!?』

智くんは間髪いれずに大きな声でそう確認する。

「う、うん。ごめんね、授業中だったの。何かあった?」

『俺今、月ちゃんの大学の門にいる。』

「ええっ!?」

『荷物もって、来てくれ…待ってる。』

「荷物って…まだこの後も授業が…」

『…どうしても、今すぐ来てくれないと困るんだ。』

………様子が変だ。

「一体何があったの?」

『…直接言う。来てくれるまで、待ってるから。』

「……分かった、すぐ行くよ。」

智君の真剣な声に圧されてそう答えてから電話を切った。

…何だろう…嫌な予感がする。

 

 

走って門へ行くと、

そこにはハーレーにもたれながら煙草をくわえている智君がいた。

「智君!どうしたの?」

「…乗って。」

智くんは私の方を向くなりヘルメットを差し出して、そう言った。

「え…でもまだ授業が…」

「頼むから!!」

「きゃっ…。」

智君の大きな声にびっくりして、私は言葉を飲み込む。

「……ごめん。…頼むから…何も言わずに乗ってくれ、月ちゃん…。」

鬼気迫るような智君の真剣な表情に、何も言えなくなる。

「…分かった。」

 

 

後ろに乗って、智君にしがみつく。

智くんは私が乗るとすぐにエンジンをつけ、ハーレーを走らせた。

しがみついた智君の体は温かく、そして何故か少し硬く感じた。

まるで硬直しているかのように…。

呼吸が早い…何かに動揺しているの?

でも…何に…?

 

立ち並ぶマンション、センタービル、病院、ビジネスビル…

高い高い建物が立ち並ぶ都市の方へ向かってバイクを走らせる智くんは無口で、

私はそんな智君にしがみつくのが精一杯で…少し怖かった。

 

高速をおりて、下の道を走る。

 

さっきは遠くに見えた高層ビル群が、近づいていく。

 

――――キキィィィッ――――

 

「うわっ!」

―――ドンッ―――

いきなりの、急ブレーキにバイクの後ろがふわっと浮いて、

重力に従った私の体は智君にぶつかった。

 

「…ぅぅぅ…鼻打ったぁ…。

 もう、危ないよ智君!急にどうしたの?」

 

智君は私の質問など耳に入っていないかのように、

派手にメットをとって歩道に目を向ける。

智君の視線の先にいたのは、下を向いて歩いている悠馬さんだった。

 

「悠馬さん!!!!!」

 

 

智君の声に反応して、悠馬さんがゆっくりとこっちを振り向く。

 

それは、まるでスローモーションのように感じられた。

 

 

 

 


 

 

 

 

…“ずっと”って…軽い言葉じゃない。知っててそう言ってくれた。

 

 

 

愛なんて、いらないものだと悟った。

 

 

永遠の意味なんて知りたくなかった…。

 

 

 

 

ただ、あなたの微笑みが、温もりが、その声が側にあればいい。

 

 

 

あの頃、その時の幸せは失ってからしか実感できなかった…。

 

 

 

 

…もう、失わない………失えない…

 

 

 え い え ん に。

 

 

 

 


 

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あ、あと1話…最終話を載せる日は…この物語を見守っててくれた皆さんなら分かるかな?

…あと1話、お付き合い願います。

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