Staunch Friends(約束) -9-

 

 

お前に出会ってなかったら、

俺はどんな人生を歩んだんだろうか。

 

そんなバカなこと今まで考えたことも無かった…。

そして、出来ればずっと考えたくなかった。

 

今、こんな疑問が浮かんでしまうのは…

…お前との約束をやぶってしまったからだろうか…。

 

 


 

23の冬、目標金額を達成し、周りとの話し合いも全て終わらせて、

俺は念願の店を持った。

 

それほど大きくは無いが、白を基調に木の薄い茶色でまとめた、シンプルな店…。

一級建築士になった高校のダチが、設計をタダ同然で引き受けてくれたため、

俺の要望にぴったりと合う、最高の店を持つことが出来た。

 

スタッフは、俺を含めて5人…皆同年代だった。

一人は、1年前研究会で知り合い、やたらと気の合った一つ年下の関直人(せきなおと)。

そして、その関がひっぱってきた2つ下の元モデル・宮野千春(みやのちはる)。

あとの二人のメンバーは、俺が勤めていた店のスタッフだった。

オーナーが、「お前の店が落ち着くまで貸してやる」と言って、

わざわざ腕も確かで俺と仲の良かった2人を派遣してくれたのだ。

 

さらには、店を開いてすぐに雑誌社に取材の申し込みを受けた。

海流が自分を撮りたいといったファッション雑誌社に、

俺の店の紹介を雑誌に載せる条件で一度の撮影を了承したためだった。

その宣伝効果はすさまじく、すぐに大勢の客がおしかけた。

 

経営に関しては、独学だったので不安も多かったが、

始めの内の安定しない時期のために溜め込んでいた資金も十分あった上、

海流というアドバイザーもついていたためあまり気負う必要も無かった。

 

そんな整った環境に取り囲まれての店経営が失敗するわけも無く…

どんどんと顧客がつき、店が落ちつくまでそう長い時間はかからなかった。

 

俺は、目標だった技術、金…信頼と人脈を作ることに成功し、

その4つを求めた自分の考えに間違いは無かったことを実感した。

 

 

海流は、卒業後そのまま自分が通っていた大学の院に入り、

暇があれば店に来て手伝い、その知識でもって経営のサポートをしてくれた。

雑誌に載ってからしばらくはやたらと周りがばたついてたため、

珍しく疲れた顔でいらついていた様子を見せていた。

 

そんな海流に、興味を持った奴がいた。

…スタッフの一人、宮野千春だった。

 

千春は、ものすごく整った顔立ちをしている。

おまけに元モデルということもあって、雰囲気も常人のそれとは違っていた。

街を歩いていて振り向かない奴はいないだろう。

海流と並ぶと圧倒され、まるでそこだけ別世界かのように思えた。

もともときつい性質で、自分を曲げることも無い。

培われた満ち溢れんばかりの自信が、よりいっそう彼女を輝かせていた。

それが原因だろう。あまり人と接することに慣れていない様だった。

美容師にとって、人と接することに慣れていないというのは致命的だ。

関が千春を俺の店に誘った理由もそこにあった。

俺の店でなら、きっと千春は成長すると思ったそうだ。

どうやら俺は関に随分買われているらしい。

それはそれとして、千春は“情熱的”と言う言葉が誰より似合う女だった。

自分に自信をもち、熱く、激しく、

人を寄せ付けない割に人を惹きつけるあたりはどこか海流に似ていた。

 

店の営業も終わったある夜、俺は店で練習をし、控え室では千春と海流が話していた。

一段落したところで、煙草を吸おうと控え室に入ろうとした俺は、

またしても邪魔してはいけないような会話に遭遇する羽目になってしまった。

「ねえ、海流さん…」

「ん?」

「私と付き合ってみる気…ない?」

…いつもいっつもタイミングが悪いというか良いというか…。

……俺は、こういう星の下にでも生まれているのか?

まぁ愚痴っていても仕方ないので、俺はとりあえず足を止めて気配を消した。

「……へぇ、宮野さん俺に興味あるの?」

「“千春”で構わない。興味無かったら、こんなこと言わないでしょ?」

「彼氏がいたんじゃなかったっけ?」

「昨日別れたわ。貴方の方がずっと素敵だもの。」

「…ふうん、そりゃ彼氏も可哀想に…。」

「だから、海流さん…私と付き合ってみない?」

「…。……悪いけど、本気で俺を好きになってもない女と付き合う気はないんでね。」

「…え…。」

海流の返事に、千春はとてつもなく驚いた声を発した。

千春にとって、断られるというのは初めての経験だったのだろう。

千春は自分から拒否したり捨てることはあっても、拒否されることも捨てられることも無かった。

ましてや自分からの誘いを断る男など、想像も出来なかったに違いない。

それは千春が自意識過剰とか、自信過剰とかそういったことではない。

千春は、それほどいい女なのだ。

だが、相手が悪かった。

海流はそのへんのすぐ浮かれるような男でもなければ、

簡単におちるような器でもない。こなしてきた場数が違う。

「もっと自分を大切にしろよ、千春。

 惚れても無い男にそんなこと言ってないで、自分の値打ちを知れ。

 そんな恋愛ばっかりしてたら、傷だらけになるぞ。」

「……。」

傷だらけになる…か…。自分が体験したから、言える台詞だな…海流。

…お前は、千春にかつての自分を重ねてみているのか…?

 

今まで男を振り回してばかりだった千春が初めて出会った“上”の男…

この後、千春が海流に本気で惹かれるようになるのは当然の事だった。

 

 


 

その後、

店も安定してきたので、助っ人に入ってもらっていた二人を元の店にお返しして、

代わりに新しいスタッフを入れた。

俺の2こ下…千春と同期で、名前は阿川智也(あがわともや)。

母校の恩師から紹介されたのだが、これがなかなかの腕前だった。

俺は、初めて話した時に智をかなり気に入り、

その後何度か会っていく内にますます気に入っていった。

ということで交渉し、さっそくうちの店にきてもらった。

智は人当たりも良く、さわやかというか人擦れしていないというか…

とにかく、雰囲気のいい奴だった。

そんな智は関や千春ともすぐ打ち解けて、海流ともすぐ馴染んだ。

 

 

4スタッフ+1人の編成にもすっかり慣れた、ある夜のミーティング。

千春が智に厳しい指摘発言をした。

「智也君、最近笑顔がからっぽなんじゃない?

 確かにあなたの予約客も格段に増えて忙しくなって、疲れているのも分かるけど…

 鋭いお客さんならその笑顔が偽かどうかなんてすぐに分かるわ。

 だからこそ私達はより自然に笑顔でいることが大切なの。

 店全体の雰囲気に関わることだってこと、もっと自覚して。」

「…はい…。………………。」

「どうした?智…千春に見とれてんのか?」

俺は千春に圧倒され、何も言えずにいる智にくすくすと笑いながらそう言った。

「だめだめ、やめとけ智。ふられるだけだぞ?千春は、海流さん一筋だもんなぁ♪」

関がはははといって冗談混じりにそう言う。

俺はその冗談に同調して笑い、海流は「ばーか」と苦笑いし、

智は「そうなんっすか?」と明るく言った…が、

それは冗談では流れなかった。

「―――そうよ。」

千春が、真剣な目でそう言ったからだ。

「…え?」

全員が、驚いた顔で千春の方を見る。

 

「そうよ、私は海流さんが好きよ。

 これほどに人を想った事なんて無かった位、海流さんが好き。」

千春の言葉には一片のためらいも濁りも無かった。

「…千春…ちょっと待…」

関のその言葉を鮮やかに切り裂くように千春は次の言葉を続けた。

 

「貴方以外の人なんて、いらない。」

 

――――息を呑んだ。

シンプルで…だからこそ何より強い、気持ちの表現。

ぴんと背筋を伸ばしてまっすぐに海流を見据えてそう言い放つ千春のその姿は、

輝くように美しかった。

みな、その姿に惹きつけられた。

海流も、ただただ黙って千春の言葉を受け取る…目線をそらさずに…。

 

「お願いだから、かわさないで。私を見て…その目で見て。

 貴方の目に映らないなら、意味がない。

 ――――そんな私なら、いらない。」

 

目すらそらせない…

その、壮絶なまでの美しさ…激しさに、思わず鳥肌が立った。

これほどに、人を美しいと思ったことは無かった。

海流の存在が、千春そのものを変えたのだ。

いつか、千春が軽い気持ちで言った『付き合ってみる気ない?』という言葉とは全く違う。

本気の気持ち…本気の言葉…。

焼け焦げそうなほど熱く激しい想い…。

海流は、それをうやむやにかわすようなひどい男じゃない。

だからって、同情や場の感情だけで受け容れるようなバカな男でもない。

海流はその場では何も言わなかった。

 

その後、俺は店に二人だけの時間を作り、ゆっくり話す機会を与えた。

そこで二人が何を話したかは知らない。

だが、海流が千春を恋人と言う意味で手に入れる気が無いことは分かっていた。

海流が千春に対して抱いている思いは、恋ではない。

他のどの女よりも大切にし、可愛がっていはいるが…それは、妹のような存在としてだった。

恋の相手にするには、千春は海流に…昔の海流に似すぎている。

 

そしてこの時、千春にすっかり魅せられた智は…本気で千春に想いを寄せるようになった。

だが、千春の初めての恋は…そう簡単に消えるような脆いものではなかった。

 

叶わぬ恋に苦しむ二人を…俺はまた、見ているしかできなかった。

 

 


 

 

それから、一年が経った。

一年間…短い期間ではあったが俺達が揺ぎ無い結束力と信頼を築くには十分だった。

店の中には常に心地良い雰囲気に包まれ、

経営の方もすこぶる順調で、もっと街中へ出て、新しい店舗を持とうかとまで考えていた。

海流は海流で研究も上手くいっているらしく、アメリカの院から誘いも来ているらしい。

 

全てが穏やかで、あたたかく楽しい平坦な毎日…。

そんな日々の続く中で、俺達全てを変える人間が現れるなんて…誰が予想しただろうか。

 

店にも多くの常連さんがチョコを渡しに来てくれる、聖なる日…

2月14日。

その人間は、何の前触れも無く俺達の前に現れた。

 

バレンタインということもあり、朝から多くの常連さんがチョコを持ってきてくれた。

予約もいっぱいで、すこしばたついた恋の日の夕方、

キイッと店のドアが開く音がして、海流が顔をのぞかせた。

しかし、そのまま入ってこようとはせず、ドアを開けたまま視線を外に戻す。

「……はい、どーぞ♪」

?何言ってんだあいつ……誰かと一緒なのか?

「お、おじゃまします…」

海流にエスコートされ、入ってきたのは…どうみても高校生の女の子。

海流と女子高生…想像もしない組み合わせだ。女子高生の知り合いなんかいたか?

全員が、少し不自然な組み合わせに不思議な顔をしていた。

「ちわっす、海流さん。誰ですか?その子。」

智が一番に声をかける。

「よぉ、智。ん?この子は見学者♪ 

 よ、悠馬!この子店を見たいんだってさ。しばらく中で店見せてやっててもいいよな?店長」

見学…?将来美容師かなんかでも目指してんのか?

あるいは客としてこの店に来るつもりだが雰囲気がよく分からないから下見とか?

…どっちにしろ、まぁ別に見学したいっていうならご自由にって感じだな。

「おぅ、海流。別にいいぞ。

 君、見学するならそっちの椅子に座ってごゆっくりどーぞ。」

戸惑っている女の子の警戒を解こうと、俺は完璧な営業スマイルで返事した。

「こっちこっち。どうぞ、お嬢さん」

「あ、ハイ…」

“お嬢さん”?…猫被りやがって…。

 

その女の子が店に入って何分か経ったが、

俺はその子のことを気になったりもしなければ不審に思うことも無かった。

それは別にその子の存在感がないとかそういったことじゃない。

そう言った意味ならばむしろ逆に存在感はある。

だがそれは海流や千春のような鮮烈で目を奪われるようなものではなく、

ほのかに華やぐような澄んだ存在感だった。

その女の子は、ただ座っているだけなのに店の空気に自然と溶け込んでいたのだ。

 

何の言葉も発さず少し気まずそうにするその子に、海流が話し掛けた。

その子の名前は澤木月子。今は高校二年だとのこと。

どうやら映画の話で盛り上がっているようだ。

海流は相変わらず絶妙な会話のテンポで、澤木さんもすっかり警戒を解いている。

どうやら気まずさもなくなったようだし…まぁいいかと思って聞き流していたその時、

突然流暢な英語が海流の口から零れ、店にいた全員の耳をさらった。

「“ I want to try to make a lady of you.”」

……は…?

……海流…お前今何ていった?

“君をレディに磨き上げてみたい”…??

いきなり流暢な英語で予想だにしなかったことを言われた澤木さんは戸惑っている。

そして、作業を続けていた千春も動きを止め、驚いた顔で二人を見ていた。

…お前…

「何をバカ言ってんだ?」

黙って見ていられなくなって、声をかけた。

「な〜にがバカだって?彼女はイライザに憧れてるって言ったろ?

 それに俺はヒギンズのように一人の人間を磨き上げてみたい。

 俺にとっても、彼女にとっても、最高の提案じゃないか♪

 な?澤木さん。」

そんな話をしてるんじゃない。分かってるくせに誤魔化すな…。

…だいたいお前は半年後にはもうここにはいないんだぞ?

「……おまえなぁ…そんな」

「はい。」

「こと言って……え?……澤木さん……?」

海流を戒めようとした俺の言葉を遮って、彼女が予想だにしない返事を発した。

「“OK”です。三崎さん」

「決まりだな♪俺のことは“海流”でいいよ。」

「じゃあ、私も“月子”で構いません。」

「よしっ、よろしくな♪月子」

ありえない展開に全員があっけにとられる。

海流……お前…何を考えてるんだ…?

 

「海流…お前まじか?」

誰もいなくなった深夜の店…本を読んでいた海流にそう尋ねる。

「…何が?」

「あの子の事だ。お前はどうせ半年後にはアメリカに行くんだろう?」

「別に、半年も先のことなんだからいいだろ?」

「あの子は子供でも女なんだぞ?」

「だから?」

だから…って…自覚無いのかよ…。

「お前に惚れちまったらどうするんだ!」

「何言ってんだ。そんなことあるわけないだろ。」

この男は…自分が女にとってどういう男なのかわかってないな…。

「お前なぁ…ちょっとは自覚しろ。」

「それに、もしそんなことになりそうなら、そうなる前に俺が彼女を手離せばいい。」

「そんなにうまく行くわけないだろう。

 それに……千春の気持ちも考えてやれよ。

 千春はあの子を妬み、うらやむだろう。あの子に、何を言うか分からないぞ。」

千春の海流への想いは半端なものじゃない。

命かけるほど惚れてる男が他の女に構うのを平然と見ていられるおとなしい女でもない。

「…分かってる。千春のためにも、彼女を誘ったんだ。」

「どういう意味だ?」

「…さあね。彼女を見てれば、分かるさ。」

そういいながら不敵に笑った海流の顔を見て、

俺は少し安心した。

こいつがこういう笑いをした時に、悪い結果になったことが今まで一度も無かったからだ。

安心した自分に、少し驚いた。

そう言う判断を下せるほどに長い間、こいつと同じ時を過ごしたんだということを…

俺は実感した。

 

 


 

 

俺を筆頭に、月ちゃん、千春、智、中山、達也…そしてそれ以外の多くの人間…。

お前と出会ったことで、人生が変わった人間はどれほど存在するだろう…。

 

俺の今までの人生の中で、お前の占める割合がどれほど大きいか…。

これからも、その割合は大きくなっていくだけだと疑いもしなかった。

 

俺がどれほどお前との約束を守りたかったか分かるか?

…きっとお前には分からないだろうな…

 

俺に約束を破らせたのは、他ならぬお前自身なのだから……。

 

それでも俺は、約束を破ったことを謝るから…

もう一度あの不敵な笑みを見せてくれ…。

 

 

 


 

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こちらも長々長々とお付き合いさせて申し訳ございません。しかもすっとばしまくり、泣。

や…やっと、月子登場まできた…。これで“Eternal”が進む…。お叱りはBBSにどうぞ(>_<)

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