Staunch Friends(約束) -8-
他のものは手に入っても、
いつも一番欲しい物を手に入れられない人間と、
手に入れられないものがあっても、
一番欲しいものは手に入る人間。
どちらが、幸せなのかなんて馬鹿馬鹿しい考えだけど…
でも、お前を見てると…考えずにはいられなくなる。
22の秋、海流がアメリカから帰ってきた。
久々に会う海流は相変わらず食えない奴で…それに安心を感じたが、同時に残念に思った。
1年…日本からはなれて、傷も癒えるかと少し期待していた。
だが、そんなのは甘い考えだったらしい。
アメリカに行ったことでその魅力にますます磨きを書けた海流は…
今まで以上に人を惹き付けるようになって、寄って来る女は絶えなかった。
帰ってきてすぐ出来た海流の新しい恋人は、
駆け出しだがプロのメイクアップアーティストだった。
美人で聡明だった彼女は、海流を縛り付けることをしなかった。
それが海流には心地良かったらしく、かなり気に入っているようだった。
海流がどんな女といても、どんなに他の女に手を出しても、
何も言わずに、ただいつも同じ態度で海流に接していた。
どれほどの嫉妬やもどかしさを抱えていたのかは分からない…
だが彼女は、海流を縛り付け、責めたてて束縛することが、
海流を失ってしまうことになるということが分かっていた。
だから、ただひたすら耐えていた。海流はそんな彼女を海流なりに大切にしていた。
そして、彼女の仕事…メイクという他人を磨く行為に興味を持った海流は、
彼女から美容に関する技術と知識を得ていった。
もともと俺といることで多少なりと美容に関しての知識を蓄えていた海流は、
土が水を吸い込むように、プロ並みのメイク技術を習得した。
全く…どこまでも好奇心と向上心の強い奴…。
23の春、高校時代のクラス会が開かれることとなった。
洒落たホテルのパーティールームを貸しきっての、久々の邂逅…。
それを俺は心から楽しみに出来ないでいた。
5年ぶりに中山に会う…海流は…どんな気持ちなんだろうか…。
笑って久しぶりの顔合わせだなと呟く海流の本心は全く見えなかった。
そして、とうとうクラス会当日…。
渋滞に巻き込まれた俺たちは、30分ほど遅れてホテルについた。
「うぃーす、久しぶり。」
「よお、揃ってるな。」
「羽賀君、三崎君!!」
「お〜〜〜、T高名物コンビ!!」
「おまえ等変わってねーなー。」
「きゃーー、久しぶり〜〜!!」
「遅刻してんじゃねーよ、待ってたぞ!」
変わらない空気、高校時代が蘇ったかのような錯覚に陥る。
懐かしい話に花が咲く。
楽しいと素直に思えた。
10代から20代にかけての5年の月日は長く、
皆少しずつ変わっていたけれど…いや、だからこそ、
一度は心を開きあったお互いの知らなかった5年の話を聞くのは、楽しかった。
そして、パーティーも1時間を過ぎた頃だった。
トイレから戻ってみると、海流の姿が見えなくなっていた。
…もみくちゃにされるのに少し疲れたんだろう。
多分外にでも出てるに違いない。
海流の姿がないことにみんなが気付いて騒ぎ出す前に、
俺は外に迎えに行くことにした。
外に出てみると、予想通り、
そこには卒業の夜と同じように一人煙草を吹かす海流の姿があった。
だが、俺の目に映った影は一つではなかった。
海流に声をかけようとしていた先客がいたのだ。
俺はそれを見て海流に声をかけるのをやめ、二人の視界に入らない場所へ移動した。
ゆっくりとためらいがちに海流の側に近づくその影は華奢で、
肩までの少し癖のあるセミロングをなびかせる姿は、可愛らしい雰囲気を纏っていた。
それが誰かだなんて、考える必要もなかった。
「…あの…三崎君……。」
5年ぶりに聞く中山の声は、とまどいを含んでいた…
それは細々と小さい声だったが、目の前にいる海流に声の主が誰かを認識させるには十分だった。
「……中山……。」
少し驚いた顔でゆっくりと後ろを…中山を見る海流。
……何だか俺はいつもこの二人の会話に出くわすな…。
だが、ここまでつきあって成り行きを見ない手はないだろう。
…ということで、俺はまたしても立ち聞きさせてもらうことにした。
「久しぶり…だな。元気だったか?」
「…うん。…三崎君も…元気だった?」
「ご覧の通り。
…まだ達也と付き合ってるんだって?」
「…うん。」
「……あいつは、いいヤツだから…大事にしろよ。
…じゃ、俺そろそろ戻る…な。」
海流は携帯灰皿で煙草を消して、中山を置いて建物の中に戻ろうとする。
「………………待って!」
中山の制止の声を聞き、海流は振り返った。
「…何だ?」
「………あの…私…」
もどかしそうに言葉を発する中山…それを少し冷めた目で見る海流。
5年ぶりに会う、元クラスメートの会話にしてはあまりに不自然な空気だった。
「…私…三崎君ずっとに話したかったことがあるの…」
「…何?」
「………あの、時のこと……。」
「…昔の話だ。」
「でも、私は……」
「…心配しなくても、何も誤解なんてしてないよ。
お前は…単に流されただけだって分かってる。遊びだったんだってことも…。」
「…どういう、意味?」
「…悪い、気にしないでくれ…。」
海流が、ばつが悪そうに笑う。あいつらしからぬ、感情の吐露…
それが、海流の心が今まだ誰にあるかを俺に気付かせた。
「…がう…。」
「え…?」
「…ちがう…」
「中山…?」
「ちがう…違うよ…私は…貴方が…。」
中山は、言いかけた言葉を飲み込み、目線を下にそらして…
そしてもう一度顔を上げてから、搾り出すように言葉を発した。
「……あなたが…貴方が好きだった…。
本気で好き…だった、…誰よりも好きだった。
そんな風に言わないで…遊びだ何ていわないで!」
「…中…」
「貴方を、見ていた…ずっとずっと…1年の時の、あの瞬間から…
あの、放課後の教室で貴方と初めて話したあの時から…
私は誰より貴方が好きだった…苦しいほどに好きだった…。」
何年もの間、抑え付けて来た中山の想いが、言葉と共に具体化していった。
中山の瞳から、…その狂おしい叫びと同調するように…涙が溢れ出る。
「3年間…他の誰も目に入らなかった…
貴方だけしか見えないくらい好きだった…。
あの美術室での…あの時も…夢かと思った…幸せでたまらなかった。
でも、私には…どうしたらいいのか分からなかった。
貴方には可愛い彼女がいて…彼女は誰より貴方とお似合いだった。
私にはもう、耐えられなかった…
キスした瞬間貴方を好きな気持ちが溢れて…狂いそうだった!
でも、貴方には彼女がいる…貴方の気紛れでしたキスだって思ったら…堪らなくなった。
だから、甘えてしまった…達也の優しさに甘えてしまったの…。
流されたわけじゃない…遊びなんかじゃない…。
気紛れにしか貴方に相手にされない自分が惨めで…耐え切れなかったの…。」
「中山…。」
「どれほど、後悔したか分からない…あの時貴方にあんなこと言ってしまったことを…。
後悔しても後悔しても…もう遅いって…分かってても…。」
「……………。」
涙を流す目を隠すように両手で顔を覆う中山を海流は何も言わずにただ見つめた。
そして、呟くように口を開いた。
「…気紛れなんかじゃない。」
「……え?」
「…俺は、お前が誰よりも好きだったよ。」
海流は“どんな顔も作らずに”、言葉を続ける。
「狂いそうだったのは、俺のほうだ…。」
「そん…そんなことって……私…私は……。」
信じられないと言った顔で驚く中山…。
「…でも、もう昔の話だ…。」
「……でも私は今でもずっと貴方を―――」
中山がその言葉を言い切らないうちに、海流は手を広げて中山の前に出す。
その先を言うなという、戒めの掌。海流はそっと席を立つ。
「達也を、大切にしてくれ…。」
そう言って笑った海流の顔は、今まで見たどの笑顔よりも自然で…切なかった。
この時を境に、ずっとずっと…癒えなかった海流の傷が、癒えていくのを俺は感じた。
結局海流を癒せるのはその傷をつけた中山だけだった。
他の誰でも癒すことは出来なかった。
それは、海流がずっと心の奥底で、中山を想い続けていた事を意味した。
結局実らなかった、想い合っていた恋…
誰が誰を責めることもできない恋が、やっと終わった。
同窓会の後、海流は恋人と別れた。
何故別れたのか…大方の予想はついていたが、
その理由を確認したくなった。
「彼女と別れたんだってな。珍しく長かったのに…。」
「…ああ、別れたよ。」
「何で別れた?…新しい恋人でも作るのか?」
「ははっ、違う違う。…別に恋人を作る気はないよ。」
やっぱりな…7割がた予想的中だな。
だが10割の確認をとりたくて俺は聞いてみた。
「何で?」
「んー…世の中の女性全てが恋人だから♪」
…………こいつは………。
「……はいはい。」
まったく…食えないやつ…。
これは、いつも通りかわされるパターンかな。
そんな当たりをつけて、予想的中の確証を得るのを諦めようかと思ったその時、
海流が微笑みながら呟いた。
「……もう好きな女以外に手を出すつもりはないんだ。」
…………海流――――――。
そう言った海流の微笑みを見て、俺は無性にもの悲しくなった。
お前が一番欲しいものは、いつも手に入らなかった。
それは他のものをいくら手にした所で、埋められるようなものじゃない。
俺はよくお前に“我儘な奴だ”なんていってたけど…
本心からそう思ったことは一度もない。
もっともっと自分のことを考えて欲しいといつも思ってた。
いつも自分を切りつけて、断念する…。
今…
何よりも欲しいものを手に入れた今…
お前は…幸せか?
………そのために失ったものがどれほど大きくても……?
すっとばすつもりが…何故にこんなに進みが遅いのかっ! すみませ〜ん…できるだけまいていくんで(T_T)感想くださいv
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